会長のマンスリーメッセージ

会長マンスリー
2021.07

オリンピックを観戦しながら様々な思いを巡らせて

オリンピック開会式の晴舞台に看護師が登場!

開催の是非が問われた第32回夏季五輪東京大会が、いよいよ開会した。何より驚いたのは、開会式に2人の看護職が登場したことである。

これまで、国際的催しでは裏方、縁の下の力持ち、黒子に徹してきた看護職が、開会式の始めと終わり頃に職業の名を明確化し表舞台に立った。

開会式をテレビ観戦していた私は、本当にびっくりして目が覚めた。プロボクサーを目指している看護師がいることを看護雑誌で見て知ってはいたが、津端ありささんという名前を記憶していなかった。その人がランニングマシーン上で走っている姿、また、開催が1年延期された時の落ち込んで座り込む姿、そして、新たな目標をもってまた走り出す姿を、世界中の人々が見守る中で本人自身が演じた。1年延期の経験は、すべてのアスリートに共通する出来事であったにもかかわらず、何故、看護師がモデルになったのであろうか。

また、聖火台にともす聖火を現職の看護部長が白衣を着て、医師と共にリレーをした。これにも、本当に驚ろかされたが、コロナ禍に、臨床の最前線でわが身を顧みることなく病める人々のために頑張っている看護職を、社会が正当に評価した結果であることを実感した。同時に、いまもこの時に、開会式を見る時間もなく、看護や介護に従事する看護職に感謝と賛美を贈りたいと思った。

オリンピズムと看護の理念に通底するもの

近代オリンピズムの生みの親はピエール・ド・クーベルタン。氏の提案のもと、1894年6月、パリ国際アスレチック会議が開催され、国際オリンピック委員会(IOC)が発足した。

オリンピズムが求めるのは、文化や教育とスポーツを一体にし、努力のうちに見出されるよろこび、よい手本となる教育的価値、普遍的・基本的・倫理的諸原則の尊重などをもとにした“生き方の創造”である。

オリンピズムの目標は、あらゆる場でスポーツを人間の調和のとれた発育に役立てることにある。またその目的は、人間の尊厳を保つことに重きを置く平和な社会の確立を奨励することにある。この趣意において、オリンピック・ムーブメントは単独または他組織の協力により、その行使し得る手段の範囲内で平和を推進する活動に従事する。

この平和を推進する活動が、看護の持つあらゆる人々の生命の尊重することと一致するので、看護職が選ばれたのではないかと考えた。ナイチンゲール生誕200年を記念した世界的イベント、“Nursing Now”活動に通底する。

さまざまな声に耳を傾け話し合うことから調和が生まれる

一日オリンピック観戦をしながら、すべてのアスリートに人生哲学があり、多くの壁や障害を乗り越えて現在があることを知ることになる。並み大抵の努力で、この舞台に立つことはできない。自ずとリスペクトする気持ちと賛美したい思いに駆られる。壁や障害を乗り越えるために必要なことは、原点回帰。基本に立ち戻ること。初心に戻ることだという。

そして、それを助言したり、支えてくれたりする人との出会いがある。胸襟を開いて聞く耳を持ち、話し合うこと、人との交わりの中に解答があること、凝り固まって、同じ思いの人とだけ交わっていたのでは、道は開かれないことに再度気づかされる。

また、スポーツに勝敗はつきもの。勝敗の判定は、人間の眼だけでなく、ビデオ判定が多く使われていることにも時代の流れを感じる。勝者と思われていた柔道家が、一転“反則”の判定を受けた時には、画像という再現がエビデンスとなってモノを言うことになった。

一瞬に起こったことを瞬時に判断したり決断したりすることは、極めて難しい。人間に過ちはつきもの。過ちを改めるに憚ることはないので、再現フィルムで直後に見直してみれば、真実だけを浮き彫りにして、人々の誤解や中傷は減らせるのかもしれない。

多様性と調和のオリンピックの祭典を観戦しながら様々な思いを巡らせているが、さらに、台風の接近が運営や競技に影響を与えるのではないかと心配になる。出来事の再現はできても、自然だけは抗うことができないから。

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