日本看護連盟について

役員紹介

監事 徳永龍子

一言メッセージ
力強い組織で看護職議員応援ネットワークの拡大を!

日本看護連盟の目的は、日本看護協会の目的達成に必要な政治活動を行うことです。そのため、看護職議員を高得票で当選させ国会で大活躍できる環境整備が目標ですが、看護職議員の当選率はやっと7割です。
私の看護連盟活動は、九州看護学生連盟に参加した55年前に始まります。看護連盟の使命は、看護職の給与・夜勤手当の値上げ、看護教育の大学化、育児休業の実現でした。看護界が直面する課題解決のための、陳情・請願、ストやデモも駄目。ならば、看護職議員を応援し無所属で看護職議員を当選させたものの、問題解決に繋がらない歴史があります。
1970年、看護協会臨時総会で石本茂参議院議員の自民党入党が承認されました。その理由は、看護課題の解決のため国会で法律制定や改正、制度化に携わり予算獲得により、政策的に解決し実現するためでした。会員1人10人の仲間を合言葉に、1971年自民党公認の石本茂議員が55万票で当選。一挙に看護関係予算が1.5倍、看護教育機関への運営補助、ナースバンクの設置、夜勤手当100円が200円1,000円とアップしました。「国会は多数決」を痛感したのです。
石本議員は、1973年、自民党内に157人の会員からなる「看護技術者対策議員連盟」を発足させ、議員の力を結集し、1975年育児休業法、専修学校法を成立させました。さらに、看護職不足解消のため、国立看護研修研究センターを設立し、全国的に看護教育を拡大しました。
石本議員から引き継いだ清水嘉与子参議院議員は、1989年後援会員80万人を集め、自民党公認比例第1位で当選。夜勤手当3,200円、看護関係予算1.4倍、看護部長7級を新設しました。さらに、1992年に南野知惠子参議院議員が誕生し、2人体制となり「看護師等の人材確保の促進法」を成立させました。この法律により看護大学の新設に4割の国庫補助金が予算化され、令和2年5月現在全国の看護大学が289校になりました。また、1998年学校教育法改正で専修学校卒業者に大学編入への道が開かれました。さらに、給与面では1997年看護師国家試験の合格発表4月末を3月末移行が半年で実現したことで、昇給月が7月から4月に繰り上がりました。この時ほど高得票と複数議員の威力を痛感した時はありません。
他に看護職議員が成立させた法律には「高齢社会対策基本法」「男女協働参画基本法」「DV防止法」「性同一性障害特例法」などなど数多くあります。
現在、日本看護連盟は、衆議院であべ俊子議員、たかがい恵美子議員、参議院では石田まさひろ議員を応援しています。7月の参議院選は、給与値上げのスタートラインとなります。国家公務員の看護職給与表は35歳で他職種と逆転し、退職時の給料が低いため、退職金、年金が少ないのです。  
看護連盟は看護協会と協働し、今度こそ給与値上げを実現しましょう。看護職の就労環境の改善・充実、体制整備のため、真剣さと意気込みを持ち、看護職議員応援ネットワーク拡大を図ってまいりましょう。


プロフィール

学歴:
鹿児島大学医学部付属看護学校、保健婦学校卒業
鹿児島大学大学院人文社会科学研究科博士前期・後期課程修了(経済学修士・経済学学術博士)

業務歴:
鹿児島市役所 保健師として公衆衛生看護、企画、課長業務33年
鹿児島純心女子大学看護栄養学部看護学科教授10年(現在名誉教授)
鹿児島労働衛生センター 相談役 1年
ヘルスサポートセンター鹿児島 産業保健部顧問 2年
鹿児島大学医学部保健学科他3校で非常勤講師 17年
鹿児島県看護協会講師(看護管理、保健医療行政他)10年

役員歴:
鹿児島県看護連盟会長 3年

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